こんにちは!SENRI・STREET 月曜日担当の本田かおりです。
18回目の放送はいかがでしたか。
今回は、「すいた昔さろん」についてです。
先週、浜屋敷で開催された「すいた昔さろん」のお話をします。
テーマは、「千里ニュータウンの野外彫刻調査~あれこれ~」です。
吹田市立博物館の学芸員の方が、市民で構成された「すいた野外彫刻調査部」の方と、第1期2022年4月から7月の間の4回と、第2期2022年11月から2023年3月までの間の6回、計10回の調査をされたもののお話をしてくださいました。
まずは千里ニュータウンの開発と野外彫刻ということで、千里ニュータウンの開発のおさらいをしました。
開発主体は大阪府で、計画人口は15万人。1962年に入居が開始され、1975年に人口はピークを迎えました。このころの人口は約13万人で、現在は約9万6千人の人口があるそうです。
1967年(昭和42年)に開催された「千里野外彫刻展」という展覧会があり、主催は大阪府と千里開発センター、後援に、吹田市、豊中市、朝日新聞社そして白色セメント造形美術会と小野田セメント株式会社が名を連ねています。
当時は、26名30点が出品され、会場は千里南公園でした。展示終了後にスポンサーのついた作品23点を千里ニュータウン各所に配置しました。
今回の調査では、19点確認をし4点は現存しないことが分かりました。
特徴としては、すべてセメント製で台座があること。銘板に新旧ありで台座のみ2点ありますが、いずれも風雨などにさらされ、損傷が激しいです。
作品例としては、辻晋堂の「オバQ」という作品は、今は千里中央公園にあります。
他には、工藤健の「壁訴訟」という作品は、今は青山公園にあります。
次に、「千里モニュメント作品目録」が1970年(昭和45年)に行われました。
千里ニュータウンが設置完了した記念という意味合いもあり、人工の街にふさわしい「愛着を感じ、記憶にとどめられている象徴的なもの」として野外彫刻が設置されました。今回の調査では、4点は確認できましたが、1点は現存しないそうです。
特徴は、巨大さ、耐久性のある材質でできているということです。
作品例としては、辻晋堂の「日と風と雨に」これは千里南公園にあります。
流政之の「あほんだら獅子」は千里中央公園にあります。
メイシアターにある「空のイメージ」の作家である、新宮晋の「風の道」は千里北公園にあります。
作品の背景については、野外彫刻史としては、偉人像などの記念碑からその偉人像からの脱却を経て、美術館や展示室から外へ向けての開放があり、彫刻の社会的位置づけの向上から、外への空間を求めて街中での展示に移り変わってきました。
環境破壊や公害を解決するための手段として、1955年に山口県の婦人団体が「宇部を花で埋める会」からの発展で「宇部を彫刻で飾る運動」が展開されました。
そのころ企業メセナの先駆けとして、宇部興産による野外彫刻展の支援があり、今に至っています。
その他、小野田セメントが協賛して、作家支援と産業振興を結びつけるという位置付けで、東京などでも野外彫刻展が開催されました。
小野田セメントは、無機質なセメントのイメージから脱却を図るために、自社製品のPRを兼ねて作家にセメントを提供していました。素材としてのセメントを押し出していきました。
そういう背景と相まって、地域のコミュニティの文化アイデンティティの形成に、野外彫刻が関わっていくようになりました。
街中のモニュメントがたくさんあるのも、こういう理由からでしょうか。
野外彫刻は、街のシンボル的な役割も果たしています。
街や公園の中に、ひっそりと建てられた野外彫刻を見つけてみて、その彫刻がなぜここにあるのか、どんなデザインで作られているかなど、感じて味わってみられるのはいかがでしょうか。
少し、見方も変わるかもしれません。
気づかないところに、あるかもしれません。
吹田市立博物館の方も、これからも調査される予定だそうです。
野外彫刻を、見つけてみてください。
今回は、「すいた昔さろん」をご紹介させていただきました。
来週の放送も、お楽しみに!